平成22年2月8日(月)、東京ウィメンズプラザ(東京都渋谷区)において、第98回健康教室を開催しました。今回は、今も多くのマラソン大会に出場し、「市民ランナーの星」と親しみを込めて慕うファンも多い谷川真理氏を講師にお招きしました。
谷川氏がこれまでずっと走ることを続けてこられた秘訣、運動の大切さとその魅力、そして実践に役立つウオーキングとジョギングのアドバイスなどをお話しいただきました。

●講師 谷川 真理 氏

マラソンランナー・タレント。福岡県生まれ。座右の銘「忍耐は苦しいけれどもその実は甘い」 。私は走ることの喜び、楽しさ、充実感に魅せられ未だに現役マラソンランナーを名乗っています。数々の大会に出場し、多くの人達と触れ合い、たくさんの思い出をつくることができました。夢は『1億2千万人総ランナー』。これからも、たくさんの仲間を増やして走る喜びを知っていただきたいと思います。
91年東京国際女子マラソン優勝、94年札幌ハーフマラソン優勝、94年パリマラソン優勝。今も多くのマラソン大会に出場。「市民ランナーの星」と親しみを込めて慕うファンが多い。「マラソンの楽しさを多くの人たちに伝えること。そして、たくさんの人が走るためのお手伝いをすること」がライフワーク。 ランナーとしてだけではなく、タレントとしても活躍中。
谷川真理 公式サイト http://www.tanigawamari.co.jp/

私がマラソンを本格的に始めるようになったのは24歳の春です。会社の同僚に誘われて皇居へお花見に行くと、そこでたくさんの人たちが走っている姿を目の当たりにしました。元々体を動かすことが大好きだった私は、それを見て感激して、「私も明日から走ってみよう」と思ったのがきっかけです。

どうせ走るならオシャレをして走りたいと思い、ピンクのレッグウォーマーにサーファーのブランドのウェアといったスタイルで走っていたら、男性ランナーが追いつこうとして走ってくるんです。それを振り切るのがとにかく楽しくて、自分もキツイんだけれどかなりペースを上げて走っていました。

そんなある日、1人の男性ランナーから、都民マラソンで優勝したらシドニーのマラソン大会に招待してもらえるという話を聞いたんです。「ただでシドニーに行けるなんて! もうこれは絶対に行こう!」と決めて、翌日からは距離を2倍にして皇居を2周走りました。そのかいあって都民マラソンで優勝し、ただでシドニーに連れて行ってもらったんです。もうこんなに楽しいことはない!と思いました。その後も、どうせ同じ苦しいことをやるなら美味しいものがついていたほうがいいと思い、優勝したときにご褒美がついてくるレースを見つけては、一生懸命練習に励みました。

中学では陸上部に入ったものの厳しい練習に挫折して途中で退部。それで悔いが残ってしまったので、高校では3年間続けることを目標に再び陸上部に入部しましたが、先生の目を盗んでは練習をさぼる日々でした。同じ走ること、同じ谷川真理なのに、なぜこうも違うのか?といったら、やっぱり“目標”なんですね。中学、高校時代は、インターハイに出るんだ、絶対強くなるんだ、というような気持ちもなく、ただ先生に言われるままにやっている状態で苦しさが100倍になってしまった。ところが、24歳からの私は、同じ走ることではあるのだけれど、「どうしたらただでシドニーに行けるの? もっと練習しなくちゃダメでしょ」と思ったんですね。

私の座右の銘は『忍耐は苦しいけれどもその実は甘い』。当時の私にとって、その甘い実がシドニーだったわけです。だから、忍耐とか苦しい思いなしにはこの甘い実は食べられないんだ、そう思いながらやっていました。いきなり遠い目標ではなく、自分がちょっぴり頑張ったらクリアできそうな目標を作る。それがクリアできたら、また次の目標を目指す。それを繰り返してきたからこそ、ずっとマラソンを続けてこられたのではないかと思います。

毎年1月に『地雷ではなく花をください』をテーマに、地雷廃絶のチャリティーマラソン大会「谷川真理ハーフマラソン」というのを開催しています。この大会を始めるようになったきっかけのひとつが、1人のランナーとの出会いでした。1998年の長野オリンピックのとき、最終聖火ランナーを務めたクリス・ムーンさんというイギリスの元軍人さんです。彼は地雷の被害に遭って、右手右足をなくされました。そのクリスさんが開会式の翌日に、箱根から東京までの約100kmを走り、さらに東京では長野オリンピックに参加している70ヵ国の大使館を地雷廃絶の手紙を持って回りたいということで、NPO法人の「難民を助ける会」からその伴走をやってもらえないかと声をかけていただいたんです。私はぜひやらせてください、ということで一緒に走ることになりました。

午後2時ごろに箱根役場前をスタート。100km先の東京が仮のゴールなので、ゆっくり走るだろうとばかり思っていたんです。ところが、号砲が鳴ったとたん、クリスさんはものすごい勢いで走って行っちゃったんです。その後、みんなの姿が見えなくなったらゆっくりのペースになったのですが、なぜ、こんなことをしたかわかりますか? スタート地点では地元の方々や小学生のブラスバンドなど大勢の方が見送ってくれました。その方たちに対して、自分は片足も片腕も半分ないけれど、こういう状態でも東京まで頑張って走っていくんだよ、ということをアピールしていたんですね。私はいきなり頭をガツンと殴られたような気分でした。  

そして、東京に入る10kmくらい手前のところで、クリスさんが足が痛いというので義足をとったんです。すると、自分の脚と義足との接点のところに大きな水ぶくれができて血だらけになっていて、もう片方の足も親指に血豆ができていました。体調も悪そうだったので、「今日はこのへんでやめておいたほうがいいんじゃないの?」と言いました。でも、彼は最後まで行くと言い、朝の4時くらいにカンボジア大使館に着きました。翌日も予定通り、70ヵ国の大使館をすべて回りました。  

この強い精神力は一体どこから生まれてくるのか──それは、今でも取り除かれていない地雷を全部取り除きたいという大きな目標があるからなんですね。ただでシドニーに行きたいという私の目標とは雲泥の差ですが、やはり目標というのは非常に大事なんじゃないかなと思いました。

このクリスさんとの出会いをきっかけに、私ももっと地雷の勉強をしようと思って、2002年にパキスタンに行きました。日本にいるとそういった地域の人たちのことを想像するのは難しいとは思いますが、その日に食べるものもままならず、ましてや地雷でいつ手や足を失うかわからない──そういう環境の中でも生きていかなければならない人たちがいるということを、私たちは忘れてはいけないんじゃないかなと思います。

運動によって得られるメリットはいっぱい

運動によって得られるメリットはいっぱい

定期的に運動をされている方はなかなかいらっしゃらないかもしれませんが、運動はやはりやったほうがいいと思います。体力があったほうが、人生もより充実したものになると思うんです。例えば山登りに行って、あと10分歩いたら美しい滝が見られるというとき、体力のある人はそれを見に行くことができますよね。でも体力がないと、この後下山もしなきゃいけないからやめておこう、となってしまう。一歩先の何かを見たり楽しんだりできるのも、体力があればこそ、なんですね。

それと、食事。運動をした後の食事というのは、同じものを食べてもさらにおいしく感じられます。私はたくさん食べて、たくさん走るので、非常に代謝がいいんです。髪の毛も爪も伸びるのがほんとに早いんですよ。だから、年齢もよくわからない、と言われるのかもしれません。体に必要なものをきちんと 食べていないと、髪の毛がやせ細ってきたり、肌もガサガサしてきたり、いつも元気がない状態になってしまいます。やはり、ちゃんと食べられる人、そして運動している人は元気だと思います。

運動量が多いと、筋肉の損傷も激しくなります。新しい筋肉を再生するためには、良質なたんぱく質が必要になります。たんぱく質が胃腸で消化されて、最小単位のアミノ酸になって初めて、壊れた筋肉を再生してくれるのです。たくさん走って内臓も疲れてしまったからと、水やジュースばかりをガブガブ飲んでしまうと、体の中にアミノ酸がまったく入ってこないので、より筋肉痛になりやすいし、疲労も抜けにくくなります。お肉など良質なたんぱく質をしっかり食べることによって、より早く体を作ることができ、疲労回復につながるのです。ですから、運動量の多かった日は、良質なたんぱく質をしっかり摂ることが大事です。

気温が23~24℃の空気の対流のない場所にずっといると、体力的に苦しくも辛くもないので、体もそれに慣れてしまいます。でも、外に出て冬の冷たい風や夏の熱気に触れて息を吸ったり吐いたりするだけでも、体の内側から免疫力が高まるように思います。さらに、運動をすれば心拍数が高くなり、酸素の取り込み量も増えます。すると、滞っていた血液が流れるようになるので、肩こりや腰痛がなくなったり、血圧が下がったりして、体の機能が上手く働くようになります。脳にもいっぱい酸素が行き渡り、集中力も高まるといわれています。

また、外に出てウオーキングやジョギングをすると、だんだん花が咲いてきたなとか、夕焼けがきれいだなとか、そうした季節感や自然に触れることができます。それから、今日は体が重たいな、今日は軽いなといった自分の体との対話もできます。そして、これは私が勝手に思っていることですが、走ったり歩いたりすると前にしか進まないので、気持ちも前向きになれるような気がするのです。何か悩み事があるとき、狭い部屋に閉じこもっているのではなく、ほんの30分でもジョギングしてみる。すると、こんな悩み事、どうってことないよね、と思えるようになったり。体の中からすっきりして、精神的にも癒されて、前向きでいられるんじゃないかなと思います。

シューズの正しい選び方

さて、ここからはちょっとしたジョギング・ウオーキング教室をやらせていただきます。まず初めに、シューズをぜひ買ってください。シューズは非常に大事です。買うときは、足のアーチの部分が若干沈んでいる夕方の時間帯に足入れをして、かかとに指が1本入るくらいのちょっぴり大きめのサイズにします。そして、靴底の厚いものを選んでください。靴底が薄くて非常に軽いものがありますが、これは足腰がしっかり訓練されたトップの選手用です。走っているときに踏み出した足には、自分の体重の約3倍の負担がかかるので、その衝撃を和らげる靴底の厚いものを選ぶことが大事です。

トレーニングはステップアップ方式で

最初はいきなり走り出さないで、まずは30分の早歩きをします。次に時間をちょっと延ばして、50~60分の早歩きをします。そして、その50~60分の早歩きに強弱をつけます。最初の10分間はゆっくり歩き、次の5分間はすごい速さで歩いて、次の10分間はゆっくり歩く、という具合に強弱をつけます。これができるようになって初めて、走りに移ります。

最初の10分間くらい早歩きして、次の10~15分間くらいは人と話ができるくらいゆっくりした速さで走り、次に15分くらい歩いて終わります。中間のゆっくりした走りを30分、40分、小一時間くらいまで延ばしていくと、東京マラソンの制限時間の7時間以内にフルマラソンを走れるくらいになるかと思います。

走り方のポイント1 目線

次に、走り方のポイントを一つひとつお伝えします。まず、歩いたり走ったりするとき、どこを見たらよいでしょうか?

(1)ずっと空を見る
(2)自分の身長の高さの目線のずっと遠くを見る
(3)自分の身長の約1.5倍の2~3mくらい先の下を見る

正解は3番です。
自分の目線のずっと遠くを見ると思っている方が多いですが、これは意外と集中力がなくなってしまうのです。新幹線に乗っているとき、遠くの景色はゆっくり流れるのに、真下の線路はものすごい勢いで動いてますよね。それと同じことなんです。だから、だいたい2~3mくらい先の下を見ることによって自分が前に進んでいるという実感ができ、集中力も高まります。そして、歩いたり走ったりするときのリズムも刻みやすくなります。

呼吸は、基本的には口呼吸です。鼻で思いっ切り吸って口で吐くといった深呼吸はたまにやることもありますが、ほとんどが口呼吸です。なぜ口呼吸かというと、たくさんの酸素を吸ったり吐いたりできるからです。昔よく言われていた2回吸って2回吐くという呼吸法もいいのですが、やる場合は吐く呼吸を強くすることが大事です。苦しくなると早い呼吸になりますが、そうするといい酸素が取り込めないような状態になります。しっかり吐ききることによって、吸うことは意外と簡単にできるので、苦しいときほどしっかり吐くことを意識することが大切です。

そして、腕の振り方です。女性はよく手を中に入れるようにして振る方が多いですが、基本的には肘を90度くらいに曲げて、真っ直ぐ後ろに引く感じで振ります。手は親指を中に入れず、卵を軽く握るようにしてください。

走り方のポイント3 脚の出し方

走り方のポイント③ 脚の出し方

次が一番のポイントなのですが、どこから脚を出すか。早く歩いたり走ったりするというのは、自分の体重をいかに早く移動させるかということなんです。普通は付け根から脚を出すので、脚が出てから体重がのるため、体重が遅れながら進んでいる感じなんです。ではどうすればよいかというと、自分の脚がみぞおちから生えているとイメージしてください。すると骨盤から脚を出すようになります。こうすることによって、より早く体重移動ができるのです。また、骨盤から脚を出すようにすると、腰を曲げた状態ではできないため、姿勢を真っ直ぐ保つことができ歩幅も広がります。ぜひ骨盤から脚を出すことを意識しみてください。

最初はなかなか難しくて、一生懸命意識しないとできません。右利きの人が右手で字を書くことができるのは、右手で書きますよという脳からの指令回路があるからです。これと同じで、骨盤から脚を出すんだよという指令を一生懸命送り続けてください。そうすることでだんだんできるようになります。

そして、基本的にはかかとからついて、拇指球のほうに体重をのせるようにします。上から見たときに膝が外側や内側に入らず、拇指球の上に自分の膝頭がまっすぐのっているような状態にします。

長い階段を上るときも、腿の筋肉だけ使って上がろうとするとかなりきつくなります。でも、大腰筋とか腸骨筋といったいわゆるインナーマッスルといわれている体幹深部筋を意識して使うと、骨盤から脚が上がるようになり、長い階段を上るときの疲れ方も若干変わってきます。

この動きを早く習得したいという方は、谷川真理の「ハイテクスポーツ塾」というのが水道橋、神保町界隈にあって、ここには東京大学名誉教授が開発された特殊なマシーンがあります。これは、脚の上に骨盤から体重がしっかりのっていないと回らないようになっているマシーンです。骨盤からしっかり脚を出すという指令を送ることに集中しないと回らないので、それがきつくてみなさん大汗をかきながらやっていますが、30分くらいやると脚の振り出し方が真っ直ぐになり、姿勢もよくなります。今、小学生から75歳くらいの方まで来ていただいていて、98%くらいの方が早く走れるようになっています。無料体験もやっていますので、ぜひいらしてください。

脚への負担を少なくするためには

ウオーキングやジョギングをするときは、できれば土や芝生、砂利道、山などで行うほうがよいでしょう。ボールをポンと投げたとき、アスファルトだとものすごく弾みますが、土や芝生だと弾み方が緩いですよね。そのことからもわかるように、アスファルトはそれだけ脚に対して衝撃が激しくて負荷がかかり、土や芝生のほうが脚には優しいのです。

タイムを計ることでモチベーションをアップ

ウオーキングやジョギングを始める際には、できたらデジタル機能つきの時計をぜひ買っていただきたいと思います。
1kmはどれくらいの距離かといっても、おそらくたいていの方はあまり距離感覚ってないと思うのです。なので、同じコースを歩いたり走ったりしたときのタイムを計っておいて、続けていくうちにだんだんタイムが縮まってくると、自分が歩ける、走れる体になってきたんだというのを実感できると思います。あるいは、距離表示のあるところで1kmのタイムを計り、そのペースで42km走ったら何時間で走れるのかな、といった展望も広がるのではないかと思うので、ぜひそんなものも取り揃えてやっていただけたらと思います。

走ったり歩いたりする時間というのは、自然と親しむ時間でもあります。夏になると、私はよく高尾山のほうに行って走ります。そして、走り終わると川に全身浸かります。なぜこんなことをするかというと、20~30km走った後は筋肉にストレスがいっぱいかかって疲労しています。そこで冷たい川の水に浸かることによって、体が癒されるし回復も早くなるのです。ホノルルマラソンのときなどは、必ずナンバープレートをつけたまま海で泳ぎます。海のエネルギーというのもあると思いますが、気持ちもリラックスできるんです。全身で入らなくても、靴下を脱いで足だけ浸かるだけでも全然違うんじゃないかなと思います。

都会にいると自然を感じることは少ないですが、そうした自然に触れることで自然からのエネルギーをもらったり、人間らしい体のリズムも取り戻せるんじゃないかと思います。ウオーキングやジョギングで行動範囲が広がるようになったら、ぜひいろいろなところに行ってみてはいかがでしょうか。

やはり、自分の体は自分で守っていかなければいけないと思います。健康はすごく大事です。病気をして初めて健康のありがたさを実感するという方も多いと思いますが、病院にたくさんお金をつぎ込むくらいなら、シューズの一足も買っていただいて、自分の健康管理をしていただけたらと思います。  最後に私から言葉のプレゼントをしたいと思います。

「忍耐は苦しいけれどもその実は甘い」です。  ありがとうございました。

谷川氏の講演後、TJK保健師より特定健診・特定保健指導について説明を行い、直営健診センターでの受診促進をお願いして終了しました。
お問い合わせ先:東京都情報サービス産業健康保険組合 健康管理グループ TEL 03-3360-5951
COPYRIGHT(C) 2008, 東京都情報サービス産業健康保険組合 ALL RIGHTS RESERVED.